令和七年十一月十三日(木)、真言宗智山派 埼玉第一教区「檀信徒教化推進会議」“真言宗智山派 大本山川崎大師 参拝 ― そうだ、お大師さまに会いに行こう ― ”が、真言宗智山派大本山川崎大師平間寺に於いて開催されました。当日は教区管内住職・教師、寺族、檀信徒の計一二九名にご参加いただきました。
当日は川口市内各寺院に集合し、貸切バスにてそれぞれ川崎大師へ向かいました。到着後は大本堂にて、川崎大師平間寺御貫首 藤田隆乗大僧正御導師のもと、大護摩供法要に参拝いたしました。法要中には、ご本尊弘法大師さまを間近にお参りできる貴重なご機会を賜りました。また、大護摩供法要前には雨が降っていたものの、記念撮影の時間には雨も上がり、お大師さまのお力を感じるひとときとなりました。
その後の「坊入り(昼食)」を経て、十三時三十分より檀信徒教化推進会議を執り行いました。法楽(智山勤行式)の後、主催者挨拶として渡邊道夫教区長より、本会議の主旨・目的、今回の参拝企画に至った経緯についてのお話があり、最後に「私たちの安心を祈り、絶え間なく幸せを願ってくださるお大師さまの大いなる心に触れ、本研修が穏やかな心と豊かな気持ちを育む機縁となれば幸いです」とご挨拶をいたしました。
続いて、川崎大師平間寺 御貫首 藤田隆乗大僧正よりご挨拶を賜りました。「当山は平安時代後期の大治三年(一一二八)に開創し、令和九年には開創九〇〇年を迎えるが、創建当初から参拝者が多かったわけではない。“厄除けのお大師さま”として広く信仰を集めるようになったのは江戸幕府の十一代将軍・家斉公が四十一歳の前厄の折、当山にお参りされたことに始まる。お参り当日の朝、時の住職が急逝したが、近隣の天台宗 明長寺が亡骸を預かってくださり、お参りは無事に営まれた。その後、“実はあの時、住職が家斉公の身代わりとなってくださった”という話が広まり、厄除け信仰が深まった」という、川崎大師の歴史に触れた貴重なお話を賜りました。

講習会では、川崎大師平間寺 教化部長 森岡隆紀僧正を講師にお迎えし、川崎大師で発行されている「彩色仏画」のうち「薬師如来」を、十二色の色鉛筆を用いて彩色いたしました。同じ手本であっても仕上がりはまさに十人十色で、それぞれの個性が光る作品となりました。
閉講式では、参加者を代表して隨泉寺檀信徒より、講習会で彩色した「薬師如来」の彩色仏画を奉納させていただきました。
最後に、本会議開催にあたり会場をご提供くださいました川崎大師平間寺 御貫首 藤田隆乗大僧正、講師をお務めくださいました森岡教化部長、そして多くの平間寺役職員の皆様の多大なるご尽力に、心より感謝申し上げ、ご報告といたします。
(文章 小泉暁輝)

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