しゃくじょうじ
開基は天平12年(740年)の春、行基菩薩がによって草庵が結ばれたのを濫觴とすると伝えられている。京都泉涌寺6世願行上人(憲静)、北条時宗の帰依を受け、鎌倉市大町の長楽寺を開創すると共に錫杖寺を再興する。寛正元年(1460年)足利8代将軍義政、満海法師のすすめにより、七堂伽藍を整備、宥鎮和尚を晋住せしめたので宥鎮和尚を再中興の祖と仰ぐ。以後醍醐三宝院直末七ヶ寺の一、十一談林所の一として、末寺54ヵ寺を有する名刹として栄える。元和8年(1622年)2代将軍秀忠、日光社参の折、御休息所となり、以来これが吉例となり、徳川家と深い関わりをもつことになった。慶安元年(1648年)3代将軍家光より金子、材木を拝領し御成門を建立、更に御朱印20石を賜る。4代将軍家綱、疱瘡治癒祈願を仰せつけられる。5代将軍綱吉の時には年頭あいさつの折の上殿を許される。天保9年(1838年)本堂焼失。天保12年(1841年)本堂再建。嘉永5年(1852年)川口の大火により堂宇類焼。安政2年(1855年)家定より江戸城の別館、品川御殿を賜り、本堂、庫裡として使用する。現在の本堂は昭和50年に新築された。